足跡(模型)
私にとって唯一無二のガンプラを組み立ててみたのは2016年6月初旬のこと。 アニメ『機動戦士ガンダム』の登場人物や名前など全く知らなかったのだが「戦車を作ってみたら」と勧めてくれた方があり、その前に初めてのドライブラシ練習用として買って試したの…
1982年に、グループ4からグループBへのカテゴリー変更が行われるに伴い、世界ラリー選手権(WRC)に向けてフィアットグループがランチアのブランドで作った。 アウディ・クワトロが4WDの優位性を誇示するなど、ラリーカーの時代はすでに四輪駆動へ流れていた…
2015年12月初頭に切り出しを始めたのだが、訳あって結局2016年4月中旬までかかってしまった。5代目のバイクだが、初めてのハセガワ(1/12スケール)にチャレンジした。1989年のWGP500チャンピオンだったらしい。 何パーツあったのか、たくさん切り出しては塗…
プラモデルを作り始めた頃、店頭にあったのでついでに買ってしまったのだがすぐには作らず押し入れに置きっぱなしだった。理由は単純で、マールボロ(Marlboro)マークがなかったからだ。後に、玩具には煙草ロゴが入れられないことを知ってがっかりしたが、…
1992年にウィリアムズ ルノーが投入したマシン。ロータスが先がけたリアクティブサスペンションを搭載し、V10でありながら、ホンダやフェラーリのV12エンジンに勝るとも劣らないパワーを発揮したFW14Bは、ナイジェル・マンセルにドライバーズチャンピオンを…
タミヤの1/24スケールで、1971年のモンテカルロラリーでは1,2,3位を独占したフランスのスポーツカー・アルピーヌ・ルノーA110。直列4気筒1600ccエンジンもどきも付いていたから買っておいたのだが「そうだ、汚してみよう」と初めて汚しにチャレンジしたので、…
2015年6月9日に完成としたタミヤ1/12スケールで、サラリーマンを退職した直後だった。 2006年のMotoGP注目の1台だったらしいが、バイクにはまったく無知な私。組み立て説明書には「並列4気筒990ccエンジン」と書かれていたが、エンジンもどきのパーツを組んで…
2015年5月に作ったタミヤ1/20スケールのLOTUS TYPE79……勤めていた会社を退職した直後だった。F1カーは作る気にはならなかったのだが、模型を始めた当初、タイプ78と一緒に買ってしまったので作ってみたのだろう。 細いモノコックと幅広いサイドポンツーンと…
2014年12月に完成としたタミヤ1/12スケールのバイク。前月に勤めていた会社が遠方に引っ越したので、通勤を苦痛に感じていた頃だがストレス解消をしていたのかもしれない。 コニカミノルタホールディングス株式会社が、最高峰世界選手権"MotoGPクラス"に参戦…
浮気性という分けではないが、バイク2台を作ったところで、以前に買ってしまっていたので手を付けてみた。2014年10月に終了としたタミヤ1/24スケールのNSX…… 2005年のスーパーGTに参戦したNSX勢の1台だが、当初のツインターボエンジンは、途中から自然吸気(…
ホシノ模型の店主に薦められて初めてのバイク「Honda RC166」を作ったのに続き、調子に乗って2台目のバイクに挑戦した。2014年8月末に完成させたタミヤの1/12スケール。 私もバイクは良く知らないが、連れ合いのために書いておくと「ドゥカティ(DUCATI)」…
もう10年も前のことだったのね……4輪ばかり作っていたのだが、ある日「バイク作ってみたら」と模型店の主・星野さんに勧められて2014年7月に作った初めてのバイク(タミヤ1/12スケール)。1966年の世界ロードレースGP250ccクラスのチャンピオンマシンだと。 …
2014年5月に作ったドイツレベルの1/24スケール…… レッドブルの2012年F1マシンだが、ごちゃごちゃしたフロントウイングが面倒だった。 ダブルウィッシュボーン(アーム)とシャーシには、カーボンファイバー風のデカールが付いていたから貼ったようだ。これよ…
2014年1月に作ったタミヤの1/24スケール……10年も前のことだった。 平成20年(2008年)にデビューし、SUPER GT シリーズ全9戦中7勝と大活躍したGT-Rだが、そのうち3勝を挙げてシリーズチャンピオンを獲得したXANAVI NISMO GT-R。 幅2000㎜、全高1100㎜のワイ…
ホシノ模型で、紅の豚のサボイアS.21Fを目にした折、隣にあったから一緒に買ってしまったハセガワの1/48スケール。「永遠の0」も話題になっていたから良いかもしれないと思ったのだが、慣れない物に手を出すものではなかったかもしれない。 ちなみに、タイト…
スタジオジブリ作品「紅の豚」が上映されたのは1992年だったらしい。もちろん映画館などへは行かないが、テレビで放送された折に観たことがあったから少しは知っていた。 ある日、行きつけの星野模型で見かけたので買ってしまった。タミヤ、ハセガワ、アオシ…
2013年8月、もう10年も前のことだった。まだサラリーマンをやっていたというのに、寸暇を惜しんで作っていたあの頃が懐かしい。 日本初の女性の衆議院議長であり、日本初の女性の政党党首を務めた土井たか子氏「おたかさん」の趣味はパチンコだったと。理由…
初めて手にしたフジミのプラモデル(1/24スケール)。2011年のGT300クラスで念願のシリーズチャンピオンを獲得したマシンだが、ついつい買ってしまったからチャレンジしてみた。 箱を空けてみて、フジミの第一印象は「なんと簡素化されたキットだろう」だっ…
まだまだサラリーマンをやっていた2013年5月に作った。メルセデスが2010年のF1世界選手権参戦用に開発したMercedes MGP W01。メルセデスワークスとして55年ぶりのF1マシンだった。 ドイツレベルの 1/24スケール。タミヤなどのF1モデルは1/20スケールだが、少…
2013年5月に作った……タミヤの1/24スケール 1967年に31台生産されて、プライベートチームの手に渡り活躍したが、MAX MORITZ(マックスモリッツ)チームのこのオレンジ色のマシンが印象的だ。ちなみに、メインスポンサーは「Jägermeister(イエーガーマイスタ…
2013年4月に作った……日本ではそれほどメジャーでない「DTM(Deutsche Tourenwagen Masters)」は、市販車をベースにしたレースカーが競い合うツーリングカーレースだが、同車の模型を販売するのはさすがにドイツメーカーだ。 ちなみに、本作の前、9番目にメ…
車の模型を始めて9台目となる1/24スケールの同モデル……2013年2月に作ったが、ポルシェ カレラGTと一緒に買っておいたものだ。持っていないエナメル塗料などの購入で訪問するたびに、目に付いたモデルを2~3箱買っていた。いつ作るという計画などなく、ただ「…
エンジンの排気量アップなど改良を続けながら長きにわたって愛されてきた国民車的存在だったビートルは、ドイツ以外の国々でも人気があった。1970年代初頭にアメリカのホームステイに行かせてもらった時、近所のボランティアの青年がビートルで移動を助けて…
F1レースの名門、イギリスのロータスが1987年シーズンを闘うマシンとして登場させた。F1初年度の中嶋悟がチームメイトであったアイルトン・セナと共に走り、バブル景気で沸いていた日本にブームを巻き起こした時代だった。そんな昔を懐かしむように2012年12…
マツダ787Bの次、第5弾にホシノ模型の箱絵を見て選んだのが1/24スケールのこれ。タルガトップ(ルーフ部分が開けられる形態)だから、室内が見えるのも良いかと考え2012年12月に作ったが、塗装は未熟だった。それでも怖いものなしだったし、とにかく形に出来…
ロータス78の後、第4弾を何にしようかホシノ模型を覗いて、置かれていた1/24スケールのこれを選択して2012年11月に作った。 1991年ル・マン24時間レースを走った車。3台の787Bのうち、日本車初の総合優勝を飾ったのはオレンジと緑の“レナウンカラー”のカーナ…
第3弾に挑んだ2012年10月……アストンマーチンDBSの直後、箱車にすれば良かったのに星野模型で懐かしいF1カー(1/20スケール)を見つけたのでチャレンジした。 チーム・ロータスが開発し1977年の開幕戦でデビューしたロータス78……模型もだが写真撮りも下手だっ…
坐骨神経痛対策の為、今日も簡単に過去の模型……1/24スケール第2弾に挑んだ2012年10月。特に作りたい車があったわけではないが、星野さんの店に置かれた中からこれをチョイス。乗りたいけど、本物は買えないしね~ 写真写りの色は少し濃くなってしまった。ボ…
坐骨神経痛対策の為、今日も簡単に過去の模型……ど素人なのに1/12スケールのエンツォ フェラーリを手がけて散々な目に合ったのだが、1/24スケールならいいだろうと、直後の2012年9月、懲りずにチャレンジした。この時からホシノ模型の星野さんにお世話になっ…
タミヤの広告を目にした2012年春。還暦が目前のいい歳なのだが「作ってみるか」と買ってしまい、模型作りに取り組んだ私の出発点。途中でやめようと思いながらも、3万円程のキットを無駄にするわけにはいかず、結局不満足の塊となったが、誰でも最初から上手…