2015年5月に作ったタミヤ1/20スケールのLOTUS TYPE79……勤めていた会社を退職した直後だった。F1カーは作る気にはならなかったのだが、模型を始めた当初、タイプ78と一緒に買ってしまったので作ってみたのだろう。
細いモノコックと幅広いサイドポンツーンという独特のフォルムを持つタイプ78がデビューしたのが1977年。そして翌年(1978年)の第6戦から投入されたのがこのタイプ79。「ブラック・ビューティー」とも呼ばれたように、カラーリングと相まってスタイルも美しかった。
この写真があったことはすっかり忘れていた。制作日記など書くつもりはなかったはずだが、きっと「見えなくなっちゃうから」と思い、組み立て前に撮ったのだろう。
モノコック先頭のノーズコーンには小さな「バッテリー」と、「マスターシリンダー」が3つある。その後部にあるペダルは3つ。現代のF1にはクラッチペダルがないが、3ペダルは歴史を語っている。ハンドル、メーターパネルを含めてこの時代のコクピットはシンプルだった。
シートの背中の四角い箱は燃料タンク。実車は168ℓ入ったらしい。ちなみに、タイプ78ではサイドポンツーン両側内に置かれていた。78のプラモデルにはタンクのパーツはなかったが、カウルに給油口があったはずだ。
モノコック後部、燃料タンクの下方にある横向きの金色の筒は「消化器」らしい。赤じゃないのねと驚くが、車体同様に消化器のカラーリングも気を配ったのだろう。
エンジンはV型8気筒のフォード・コスワース・DFV。インジェクションシステムの黒い電気コードだけはキットに含まれていたから付けた。燃料用のパイプなども配してみたかったが、当時は入手ルートを知らなかったし「どうせ隠れちゃう」と、まったく手は加えていない。ちなみに「DFV」とは「Double Four Valve」の略で、すでにあった直列4気筒1.6ℓのFVAエンジンを組み合わせてV8エンジンを開発したようだ。
分かりにくいが、現代のF1との違いがリアのブレーキユニットにもある。ホイールのすぐ内側ではなく、根元のギヤボックス側に配されている。
見えなくなってしまうのに良くぞ作ったものだと今更ながら思うが、サイドポンツーン上部にあるラジエーターからの空気を逃がす排気口は別パーツで接着する仕様だったため、継ぎ目をパテ埋めしてサンドペイパーで均した記憶も残っている。
なぜかこんな写真も残っていた。リアウイングだが、翼端板を付けてしまってからではクリアーが吹きにくいのでこんなことをしたようだ。
気合が入っていなかったのだろう、こんな写真しか撮っていなかった。タイヤも削っていないから恥ずかしい。
気合が入らなかった最大の理由はJPSロゴのデカールがないこと。星野さんでも雷王さんでも扱っていなかったし、早くからシゴーニュさんを知っていれば良かったのにとつくづく思う。しかし、タバコはダメでも、グッドイヤーのタイヤロゴぐらい、タミヤさんには付けて欲しかった。
ということで、今日はつまらない模型だった。連れ合いは寂しがるだろう。
今日の「My First JUGEM」は……『もう一つの牡丹 咲いた……』