足跡(寺社)19・常光山照善寺・2018.9.8……

シゴーニュさんの川沿いサイクリング日記を拝見して「私も行ってみよう」と出かけた2018年9月8日のこと……善養密寺⇒伝乗寺⇒宇佐神社⇒田園調布八幡を経て、当日最後の訪問先。

田園調布八幡神社のほぼ隣、丸子川沿いに……(大田区田園調布5-30-7)

浄土宗 照善寺……寺社巡りは駆け出しだったから、恐る恐る立ち入った。

立派な山門……空も青かった。そして暑かった。

常夜灯の間から本堂へ……
弘法大師開山の高野山では、不滅の法燈として開創以来の灯明を昼夜ともし続けていたのだった。(記憶が正しければ)

「本堂扁額」……院号は無量光院。
阿弥陀仏の発する十二光の一つで、目に見えないが南無阿弥陀仏と唱える者に恵みをもたらしてくれる無量光。阿弥陀如来の別名を無量光佛と言ったかしら……

「本堂」……天正14年(1586年)に結ばれた草庵に始まり、寛永16年(1639年)に至って寺号を得たようだ。ご本尊は阿弥陀三尊とのことだが、こちらにお立ちなのは左脇侍の観音菩薩かしら……南無阿弥陀仏

古そうな照明器具だから、割れるとお困りになる。菊の彫り物に描かれる波みたいなのは、多摩川の流れだろうか。

鬼じゃなくて唐獅子瓦……

本堂左手に石仏群……前列右から4番目は三面六臂馬頭観音だった。左奥の背の高い2基は、庚申講中によるものらしい。手前が阿弥陀如来で、奥が地蔵菩薩でしょう。

当日の散歩で心にふれた石碑……『月影のいたらぬ 里はなけれども ながむる人の 心にぞすむ』(宗祖  法然上人)
月の光はすべての里に降り注ぐけれど、月の美しさは眺める人以外には分からない……「南無阿弥蛇仏」をただ見聞きするのではなく、念仏を唱え手を合わせる人にのみ阿弥陀仏の救いをこうむることができる。浄土宗開祖の心だろう。

教えて頂かなければ素通りする……民家の塀に同化している庚申塔
境内を拝見して失礼しようとしたところで「川を渡って塀の所にも庚申様がありますよ。対(つい)になっているものです。」と普段着姿にレジ袋をさげたご住職が声をかけて下さった。山門を出て丸子川を渡った正面にあった。

ふり返って、照善寺さんありがとうございましたと合掌一礼……

多摩川台公園の緑が見えてきたが、私は左折……寄りたかったが充分疲れていたから。

16%だからいいやね~ と気軽に帰路選択をしたが大間違い。

くの字に曲がった坂を上って振り返るとこんな景色……
駅前のスーパーと時々の通院以外にはほぼ外出のできない連れ合いに向けて、2017年ぐらいから散歩の風景をアップしてきた。見たことのない景色をスマホで眺め、笑っている連れ合いの横顔を見るのが私の本当の楽しみだが、最近は新しい場所がさっぱりなくなった。涼しくなるから、まだ見ぬどこかへ行こう。

今日の「My First JUGEM」は……『豚肉リベンジ……』