ほんの数日前にも行ったばかりの岡本地区を皮切りに、世田谷区の坂道歩きを目的に出かけた元気だった2019年1月30日のこと。(当時の楽天日記とは異なり、坂の写真は最小限にした。)
谷戸川に架かる六之橋から東へ上る坂……「病院坂の首縊りの家」で使われたロケ地らしい。
病院坂の少し南側に「無名坂」……シゴーニュさんのブログに魅せられて歩いてみた。ゆるそうに見えるが、傾斜21%は結構きつい。私が勝手に命名している裏鉄飛坂より急かもしれない。まぁ、脇に階段があるから助かるが……
坂上には、仲代達也氏と宮崎恭子氏の自宅に設けた小さな稽古場「無名塾」がある。
『若きもの 名もなきもの ただひたすら 駆けのぼる ここに青春ありき 人よんで 無名坂』1975年始まる 無名塾 仲代達也 隆巴
無名坂を引き返すのは面白くないので東側の道を選択したら、マンションの入り口に発見……
「武家屋敷門」……江戸時代中期の建築で元岡山藩城代家老・伊木家の下屋敷にあったと伝えられるが、幾度も移転を繰り返したようだ。なぜ門だけこの場所に残されているのか不思議に思う私。財政難で維持管理費も大変だろうが、指定有形文化財にした世田谷区の責任は重い。
瀬田四丁目旧小坂緑地の右側を下って行く坂……
「馬坂」……かつて利用していた坂道は、人は上がれたが馬は無理ということで、新たに馬が上り下りできる道として作ったのだと。大田区にも「照善寺」後方に馬坂がある。
馬坂を下り切ると岡本静嘉堂緑地の入り口……6日前に行ったばかりだから、園内には入らない。
迂回して民家園のトイレを借りた。
丸子川を上流に歩くと白い飛行物体をキャッチ。鷺の仲間だろう。
写真右手から左に流れる「仙川」は、ここから一部が「丸子川」となってこちら側に流れていく。一旦さよならした水も、また多摩川で巡り会える。仙川に架かる橋が「水神橋」となっていたから、少し探してみたら……
橋から100mほど先に「水神社」があった。(世田谷区大蔵6-1-7)
予定は仙川を上っていくのだったが、戻らずに桜の時期は綺麗だろう道を歩いてみると……
路地の奥から呼ばれた。
「大蔵氷川神社」参道入り口(世田谷区大蔵6-6-7)……
左に「庚申塔」……右は三猿と六臂の青面金剛。中央は文字。おそらく左は折れて残された塔の足元だろう。
結構急ではあるが、手すりがあってありがたい。当時はまったく不要だったが、今はありがたい。転ばぬ先の手すり……
鳥居は昭和63年(1988年)の再建時のものだが、狛犬は弘化2年(1845年)と江戸時代から座り続けている。
同社は、暦仁元年(1238年)埼玉県大宮市の氷川明神を勧請した。1656年、及び文政の初め(1818~1830年)にも本殿および拝殿が再建されたと。祭神は「素戔嗚尊(スサノオノミコト)」
手水舎は石段を上った左に……
現在の社殿は昭和63年(1988年)に再建されたものらしいが年代を感じる。社殿左側に境内社。
手前の「愛宕宮」と「七つ宮」が並ぶ。合祀された社なのだろうが、由緒は分からない。700年以上の社歴をひも解くのは難しいのかもしれない。
境内東はじにひっそりと石造りの境内社……
正面の南(野川や多摩川)に向かって下がっていくので高い場所に鎮座している大蔵氷川神社を後にした。この頃からだろうか、散歩で寺社に呼ばれるようになったのは……