渋谷区から港区を歩いた2011年6月1日のこと……
青山熊野神社のお隣、すぐ東の「ギャラリーハウスMAYA」では香雨(こうう)さんと言うファッション系イラストレーターの個展中だった。当時の日記には『覗いてみたかったけど「虚構の少女たち」ってのは、私の柄じゃないからやめておきました。』とあったけど、また自撮りしてしまっていた。連れ合いに叱られる。
ギャラリーの隣が「高徳寺」参道口(港区北青山2-10-26)……左隣の熊野神社は渋谷区神宮前だったのに。
萬霊塔の石仏たちが並んでいた。私の好きな半跏思惟像もおられた。
高徳寺本堂……寂照山唯心院と号し、創建は天正7年(1579年)のようです。ちなみに天正7年は、三河・遠江(とおとうみ)を支配していた徳川家康に三男が誕生した年。後に江戸幕府第2代将軍となる徳川秀忠(ひでただ)だった。天正3年(1575年)には「長篠の戦い」、同10年(1582年)には「本能寺の変」とまだまだ戦国の世だった。
本堂前から……右側に広い墓地があるが……
墓地への入り口に「六地蔵」……
本堂右は客殿でしょうか……なんとも良き時代感が漂っていたが、修理・改修は大変だろう。
関東大震災後の復興を祈願して、大正13年(1924年)に青山の石材店「石勝」が七箇所の寺院に石像の七福神を納めたそうで「青山七福神巡り」があったとされる。ここ高徳寺は毘沙門天だったが「長泉寺(大黒天)」「梅窓院(弁財天)」「玉窓寺(恵比寿)」「長谷寺(福禄寿)」「善光寺(寿老人)」を含めて6ヵ寺の石像は戦災などで行方不明になってしまったと。残念だが、現存しているのは当日訪問した「仙寿院」の「布袋尊」だけだとのこと。
高徳寺を東に向かい、少し先の「スタジアム通り」を右折すると「外苑前駅」だが、その前に、ローソンの隣に寄り道。恥ずかしいことだが「青山」は港区だと知らされた。渋谷区だとばかり思っていたのに、港区は広いと再認識。ちなみに、渋谷区は15.11 km²で、港区は20.37 km²らしい。世田谷区の58.05 km²、大田区の59.46 km²とは比較にならないが……
「持法寺山門」(港区北青山2-12-8)
住宅に挟まれた奥深い参道を進むと……
二つ目の山門……ここを右に回り込んで行くと本堂の規模からは想像できない広い墓所がある。私は立ち入らなかったが、細い路が好きだから入り口まで行ってみた。
連榮山持法寺……小ぶりだが、伝統的で味わいのある本堂。
「白金立行寺」の第二世日祐が、立行寺隠居後の明暦元年(1655年)に創建したらしい。檀越は、大久保彦左衛門の分家平左衛門家督大久保勝次郎とのこと。なるほど、宗派も立行寺と同じ法華宗陣門流。
※「檀越(だんおつ)」=寺や僧に布施をする信者。
※「法華宗陣門流(ほっけしゅうじんもんりゅう)」=日蓮大聖人を宗祖と仰ぎ、日陣(にちじん)尊聖人を中興の祖とする日蓮門下の一派でした。
ちなみに、大久保彦左衛門でピントきたが、立行寺へも以前訪問した。
本堂前から……
脇を見たら……
ユーモラスなお釈迦様かしら。
半跏思惟像……私の好きなポーズ。
釈迦牟尼仏の死後56億7千万年後の世に現われ、釈迦の救いに漏れた人たちを救いにやってくるとされる未来仏・弥勒菩薩(みろくぼさつ)だろう。まだ待機中なのか? 救いに降りてくるのを思案しているのかもしれない。
山門の右は、次にちょっとだけ拝見した「実相寺」本堂後方だった。
表通りに戻り、10メートルほど右に歩くと……
ビルの谷間に(港区北青山2-12-9)……参道正面の建物の屋根だけはお寺みたいだが「青山霊廟」とあるように、祭壇式の納骨堂を兼ね備えているのでしょう。
ちなみに、この「北青山2丁目12番」には「8号:持法寺」「9号:こちら実相寺」「29号・海蔵寺」「30号:立泉寺」の4ヵ寺が肩を寄せ合っている。
石に「臨済宗 実相禅寺」と彫られているように、実相寺は臨済宗円覚寺派の寺院。
臨済宗は、建仁2年(1202年)、中国・宋に渡って帰国した栄西により禅の伝統が始まり、鎌倉時代以降に様々な流派が成立するのだが、私の頭にすっと出てくるのは「妙心寺派」と「大徳寺派」ぐらい。栄西の教えに始まる京都・建仁寺(けんにんじ)を大本山とする「建仁寺派」の名前も出て来ない私だが、建長寺や東福寺などなど14本山を数えるようだ。禅宗はまったく無知だったが、武家政権との結びつきが強かった臨済宗より、一般庶民に広がった曹洞宗の方が私には似合っていそうだ。そうそう、当寺「臨済宗円覚寺派」の本山は鎌倉五山のひとつに数えられる「圓覚寺(えんがくじ)」だった。
「青山 薬師如来」……納骨堂で皆様を見守っているのだろう。
「桑沢デザイン研究所・ここにはじまる」……
1954年にデザイン・ジャーナリスト桑澤洋子氏によって設立された日本初にして最先端の『デザイン』学校だそうです。「青山北町」の当地に「木造モルタル2階建」で私塾として開設し、現在は渋谷区神南に鉄筋コンクリート地上8階・地下1階建のすごいビルになっているようだ。当時のデザイン学校発足は画期的だったことだろう。
また、桑澤洋子氏は1966年に「東京造形大学」を設立したと。どんな方かと思ったら『本学の創立者桑澤洋子は、1910年(明治43年)、東京神田の洋服問屋に6人姉妹の5女として生まれました。神田高等女学校(現神田女学園高等学校)を卒業後「女子美術学校」(現・女子美術大学)で洋画を学び、1932年(昭和7年)3月に卒業。卒業後は「東京社」(現・婦人画報社)に就職。社会に出た後も学ぶことを続け、1933年(昭和8年)、当時開学したばかりの「新建築工藝学院」に入学します……(東京造形大学HPより)』
1954年がひっかかった私だが、すごい先人がおられたものです。
実相寺は、寛永11年(1634年)三代将軍徳川家光の時代に創建され、開基は旗本の中島彦右衛門とのこと。中島彦右衛門は、家光からの5000石の増加を固辞した大久保彦左衛門ときっと顔見知りだったろうと推察する私。
山号は微妙山。御本尊は釈迦牟尼佛と思われます。この場で合掌して南無釈迦牟尼仏。
スタジアム通りを下ると、青山通りにぶつかる外苑前交差点……渋谷駅前ほどの人出はなかった。(14時47分)
次の寺院を探して脇道をウロウロ……
「Uビル」と言うらしい。アパートじゃなくてオフィスビルのようだが「SOHO(ソーホー)」というやつだろうか。個人事業者が増えている昨今には良いかもしれないが、経営は大変だ。長く続けられますように。
浄土宗寺院で、御本尊は「