足跡(寺社)344・青山熊野神社(2021.6.1)

千駄ヶ谷富士塚登拝を第一目的に渋谷区を歩いた2021年6月1日のこと……

勢揃坂を上りきると……

たぶん町会ごとの神輿庫……「原宿1丁目町会」とあるが、「原宿」の町名は昭和40年(1965年)に廃止された。現在は「神宮前」になっているが、古き時代の名残があって嬉しい。

境内を囲む玉垣を回り込むと……

青山熊野神社」(渋谷区神宮前2-2-22)

『町民の請により、正保元年(1645年)正月七日、徳川頼宣(よりのぶ)の江戸藩邸に祀った熊野権現を現在地に移遷し、翌年四月本殿拝殿その他造営し完成。青山総鎮守と仰ぎ奉り熊野大権現より神仏分離の令により社号を青山熊野神社と改称された。(宗教法人 東京都神社庁)』
 鳥居は明治42年(1909年)建立だった。

紀州藩初代藩主・徳川頼宣の名前は、当日訪問した「仙壽院」「榎稲荷」でも「生母・お萬の方」として登場したから馴染みがある。8代将軍徳川吉宗の祖父でした。

手水舎……こちらの狛犬は珍しく頭に宝珠

参道左の狛犬は角を有してた。ブロンズ製かと思いきや合成樹脂系かもしれない。触っていないので、あくまでも私の推察だが。

境内の緑に朱色の社殿が映えていた。昭和20年(1945年)の東京大空襲で、やはり社殿は焼失したと。いずこの寺社も、よくぞ立ち直ってくれました。

社殿扁額……明治2年(1869年)に「熊野大権現」から「熊野神社」へ改められた。
 御祭神は「五十猛命(いだけるのみこと)」「大屋津姫命(おおやつひめのみこと)」「抓津姫命(つまつひめのみこと)」「伊弉冊命(いざなみのみこと)」

社殿左へ歩くと……

力石が置かれている。石に刻まれた「45」の単位が「貫」だとすると約168㎏になるのだがそうは見えない。「斤」だとすると27㎏で、私にも持てるから力石にならない。持ってみれば良かったかもしれない。

社殿左わき奥には立派な神輿庫。すぐ左に境内社があって……

左から「秋葉神社」「伏見稲荷神社」「御嶽神社」の3社が祀られている。

境内社の脇に「伏見稲荷大明神」と「赤房稲荷神」の石碑……赤房稲荷は全く分からないが「明治十三年九月 竹内忠虎寄附」とあるので個人宅に祀られていたものか。

社殿左から……提灯に紀州徳川家三つ葉葵紋。社紋を許されたので手水盤にも葵紋があった。勢揃坂下の浄土真宗「慈光寺」も徳川家から葵の紋を寺紋にすることを認められていたが、旧別当寺ではない。

手水舎後方の新しそうな社務所は「熊野神社ビル」と言うらしく、賃貸されているみたい。

都会にあっても静かな青山熊野神社だった。

今日の「My First JUGEM」は……『赤い実』