飽きずに続けて大田区矢口方面を歩いた2020年1月25日のこと……
大田区新蒲田の金剛院から環八を都心方向に歩き、こんな交差点まで来ると向こうに玉垣が見える。大きな看板の「大國屋」は「だいこくや」ではなく「おおくにや」と読むようだ。栗大福よりも栗蒸し羊羹の方が好きだ。
15時半を過ぎたので少々急いでいた私だが、息切れはしていなかったと思う。いつものことだったが、途中で何も飲まずに歩いていたことを、今は危ないと自覚している。
「安方神社」(大田区多摩川1-5-11)……車道に出なければ鳥居を含めて正面から撮れなかったのだろう。なぜ広角を使わなかったのか、不思議に思える。
「慶長14年(1609年)に安方村の検地が行われた」と江戸時代後期の新編武蔵国風土記に書かれているようで、古い時代の村名が残っている。
創建年代は不詳だが、かつては八幡社と称されていた。安方村内にあった神明社、釈護子神社や大六天社などが明治42年(1909年)に合祀され安方神社と改称したようだ。
参道左に手水舎……イロハモミジやドウダンツツジなど氏子さんたちの献木も目に付いた。地元の方々が支えている様子がうかがえた。
手水舎の奥に置かれていた。合祀したいずれかの社に置かれていた手水盤だろうが、戦禍を逃れたのだろう。(奥の碑はよくわからなかった)
この日や14日に歩いたこの辺りの寺社同様に、昭和20年4月の空襲によって焼失。復興再建の会により昭和36年に社殿が落成したそうだ。
社殿左に「安方稲荷」……
稲荷社は、平成28年(2016年)の改修時に新築されたそうだ。お狐さまは見えないが、二礼二拍手一礼して、お賽銭入れてきた。
安方神社社殿と稲荷社の位置関係はこのようだったが、以前 稲荷は違った場所に鎮座していたとのこと。
稲荷社前からみた境内……左端にあるのは……
「藤棚」……下に力石らしきが置かれていたことは忘れていたが、後方の社務所に灰皿が置かれていたので一服させてもらったことは良く覚えている。現在も置いてあるかしら?
今日の「My First JUGEM」は……『草むしりしようか……』