『御みやづかい(仕官)を法華経とをぼしめせ』(2021年6月・日蓮宗いのちに合掌HPより)
「……主君に仕えることが法華経の修行であることを諭されます。引用の聖語はその説諭です。」と書かれています。「仕える」とは、「目上の人のそばに居て、その用をする。その人を主君・主人・長上として、その人のために働く。」こと。法華経の修行はそれでいいでしょうが、大臣や先生と呼ばれる人、あるいは官僚は違うことを認識してね。国民のために働くことを忘れずに。平井大臣の脅かし音声を公にした人は立派だが、あえて言えば「その場で進言しよし」……できないか~
「信仰とはすべてを受け入れる覚悟で今を生きることなのです。」 と最後に締めくくってありました。信仰者は信念と覚悟をお持ち。政治家には信念とか覚悟とかは不要不急らしい。
マイ・マウスピース……日夜つまらないことに怒っているから歯ぎしりする私。嚙む力が強いらしく、歯ぎしりをくり返すたびに、歯茎の付け根当たりの歯が欠損します。以前は寝付けなかったから使わなかったけど、最近やっています。しかし歯並び悪いな~
今日の「My First JUGEM」は……「安心安全は奥深く遠い」(リンク)