カレンダーに学ぶ……

『沙婆と申すは忍と申す事なり』……2020年2月の「今月の聖語」だったようですが、我が家の今年のカレンダーに登場しました。

f:id:kazenosanpo:20220224123933j:plain【聖語解説】
この世を人は娑婆とも呼びます。語源は梵語の「サハー」に由来し、苦しみを耐え忍ぶ世界ということです。
ところで今年は東京オリンピックパラリンピック。アスリートたちは出場を目指し今まさに胸突き八丁。様々な思いで日々練習の苦しみに耐え忍んでいます。しかしその忍耐があるからこそ表彰台で光る涙がこぼれ落ちるのではないでしょうか。
苦しみは人を成長に導くエネルギー源です。私たちも人生の表彰台を目指すアスリートなのです。

日蓮聖人ご遺文『四恩鈔』……弘長2年(1262年)聖寿41歳
本鈔は日蓮聖人伊豆流罪の折に書かれたお手紙です。
幕府に『立正安国論』を奏進するや次々起こる迫害の嵐。遂に伊豆流罪となられました。
しかし本鈔冒頭で「大いなる悦び」と語られるように流罪自体がご自身の法華経信仰の正しさの証しと受け止めておられます。そしてその迫害者たちに対しては「恩深き人」とまで述べておられます。
「忍」の極みに見えて来るのが「恩」なのです。

冒頭の「流罪の身となったことについて二つの大事がある。その第一には大いなる悦びがある。」に続けて「娑婆というのは忍ぶということである。故に仏をば能忍(のうにん)と名づけるのである。」と……
「娑婆」について「御義口伝771頁」では『本化弘通の妙法蓮華経の大忍辱(にんにく)の力を以て弘通するを娑婆と云うなり、忍辱は寂光土なり此の忍辱の心を釈迦牟尼仏と云えり娑婆とは堪忍世界と云うなり…』と語られている。
この厳しきストレス社会で「どんな辱めを受けようともそれを耐え忍び」「乗り越えて生き抜く」ことは難しいが、その「大忍辱」の力の最高峰が仏の境涯と学んだ今日でした。しかし『「忍」の極みに見えて来るのが「恩」なのです。』とはスゴイ!!
蛇足ながら「忍辱」とは、屈辱のみならず「自らの不出来な部分や、認めたくない部分も認める」ということが優先されるらしい……「人の振り見て我が振り直せ」ではなく「我が振り見て我が振り直せ」のようだ。

f:id:kazenosanpo:20220224124001j:plain11時2分……ウグイスは来ないな~
先月のカレンダーの聖語を見て、カッとしたら「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」と心の口で唱えてみる私。お蔭様でストレスはないけれど、梅の花を見上げていると心は安らかになります。暇のない連れ合いも眺められたらいいのにね~

今日の「My First JUGEM」は『夢味……』