足跡(寺社)230・光福寺……2020.8.31

大井町から池上通りの海側を歩いた8月31日のこと……あの頃の暑さが懐かしく思われる。

大井4丁目から6丁目のこんな道を行くと、右にあるカーブミラーが山門前だが、先の方に自販機が見えたので通過して珍しく拝観前に水分補給をした。何を飲んだか今は覚えていないが……

「光福寺」参道入り口……(品川区大井6-9-17)

まず、木の巨大さに圧倒される。
上品な燈籠は昭和6年(1931年)の奉納だった。

いつものショット……

山門左に瓦……改修前のものだろうが、後方のキノコ型の燈籠は姿が良い。

延暦元年(782年) 天台宗「神宮寺」として開創。文永2年(1265年)に了海(りょうかい)上人によって天台宗から浄土真宗に改宗され、了海上人の父の俗名「光福」の名をとり「光福寺」になったと。直前に訪問した「西光寺」も天台宗から浄土真宗に改宗した寺院だったが関係がどうかは不明。
 左に写っている「イチョウ」は、了海上人が麻布の「善福寺」から一枝を譲り受けて植えたそうだ。
 蛇足ながら、善福寺は平安時代・天長元年(824年)に弘法大師によって開山されたが、鎌倉時代(1185~1333年)に同寺を親鸞聖人が訪れた際、出迎えたのが了海上人。親鸞の高徳に傾倒して一山をあげて浄土真宗に改宗したとのこと。ちなみに善福寺のイチョウは、親鸞聖人が立ち寄った記念に、持っていた杖を地にさしたところ枝葉が繁茂(はんも)したとのことで、都内最古の古木として国指定の天然記念物になっている。(ということを知ったので、後に善福寺も追いかけてみた。)

本堂前右前に手水舎……

左のここまでお墓が迫っているのは珍しいが、墓地も限りがあるから仕方ない。

本堂扁額……「大井山」
「大井の井」というのがあるようだったが見落としてしまった。
『了海上人の父が子授けを蔵王権現に祈願したところ、妻が懐妊し、男子(了海)を出産した。その時、境内にこつ然と泉が湧き出したので、この泉の水を産湯として使い、泉を大井と命名したという。大井の地名は、この泉に由来すると伝えられている。横穴式の古い型をした井戸で、今も水が湧き出している。(品川区教委)』と……大井発祥の地だった。

品川区指定天然記念物の大イチョウ……麻布山善福寺の「さかさイチョウ」から一枝を譲り受けて育てたイチョウ。よく育ったもので、幹廻りは7.2メートルとされていた。

中ほど……推定樹齢約は800年。牙に見える立派な「乳根(ちちこん)」をたらしている。古木であることの証だ。
のど赤き玄鳥ふたつ屋梁にいて足乳根の母は死にたまふなり』(斎藤茂吉・赤光より)
 ※ [玄鳥]=つばめら・[屋梁]=はり・[足乳根]=たらちね・母に架かる枕詞
 何故か思い浮かんだ……遠い記憶。

上の方……高さは40メートル。区内最大樹。

鐘楼とイチョウ……明治時代まで、沖合の漁師たちは、航行の目標にしていたと。

【以下 附けたり】

2021年12月4日……めったに立ち入らない墓地内の「大井の井」を見てきた。(その他写真は、また別の機会に)

イチョウの黄葉も楽しみに出かけたのだがが、まだ早かった。

2020年10月21日……枝分けをしたとされる「麻布山善福寺」の「さかさイチョウ」を拝見した。親イチョウは茂り方が違う。

2021年11月30日……どうしても黄葉の姿を見たくて再訪した。しかし、良く行ったものだと我ながら感心する。

今日の「My First JUGEM」は……『種の収穫……』