天気が良かったので、戸越公園あたりからブラブラした2020年6月17日のこと……
文庫の森の北側の住宅街で森が目に入る。5月に訪問した「一本杉元八幡神社」つながりだったから、未訪問のままでは許されなかった私だった。
「戸越八幡神社」参道口(品川区戸越2-6-23)……隣接する「八幡山行慶寺」の開山念誉上人によって現地に八幡宮が建立されたのは文禄元年(1593年)とのこと。「村社 八幡神社」の社号碑は昭和8年(1933年)12月造立だったが、明治神宮・有馬宮司による筆ようだ。
ほぼ北に向かって奥へと続く参道……住宅街のど真ん中に鎮座しているが、外からの騒音は一切なし。南方にある下神明天祖神社、蛇窪神社(上神明天祖神社)も大きかったし、この後に寄った品川貴船神社を含めて界隈には神社が多数ある。
参道の途中に、西へ向かう鳥居。別途寺だった行慶寺に繋がる。
進むと右手に社務所……お守りやお土産も多数販売中。
手水舎……他社が使用禁止にする中で、こちらは『…アルコール消毒は勿論、石ケンにて丁寧に指先を中心に……』の貼り紙があり使われていた。貼り紙の下にちゃんと石鹸が置かれていた。ルール違反かも知れないが、私は手水はパスしてマイ消毒スプレーでご容赦いただいた。
重量感のある水盤は、4体の石像が必死に支えていた。
水盤を支える力持ち達。
「がまんさま」などと呼ばれて親しまれたそうが、辛そうだ。
参道奥の社殿までもう少しのところ……右に神楽殿とその奥に神輿奉安庫が並ぶ。出迎える狛犬は明治6年(1873年)奉納。
開けっ放しは珍しい「神楽殿」……展示物は時々で変わる。
ステキな書画……令和2年6月1日は出来立てほやほやだった。
大黒天と恵比寿さんに迎えられているのは「教育勅語」……明治天皇による原版の写しだそうだが金箔の天皇家紋入り。読めるかと思って撮ってきたが私には無理だった。どこぞの幼稚園児は暗記していたが……
神楽殿の前にはソファーやテーブルが置かれている。くつろいでいる方もおられたし、寝てるのかと思ったら縫いぐるみだったり、いつ訪ねても誰かが休んでいる。雨が降ったらどうするのか? なんていらない心配をする私。
社殿前……昔から夏の時期は疫病が流行ることが多かったというが、悪疫退散祈願のこの年の黄色い幟が象徴するのは新型コロナウイルス。正に時は「夏越の祓」だった。 「年越しの祓」と合わせて「大祓」と称すが、「茅の輪くぐり」も登場済み。厄払いと無病息災を祈り、左・右・左と8の字に3周くぐり抜けるのが一般的らしい。それでも時節柄か行列や三密を防止するために2周を推奨する神社もあった。
ちなみに、地域や神社で異なるようだが『水無月の 夏越の祓する人は 千歳の命 延ぶと云うなり』などと、くぐる時の神拝詞(となえことば)があるそうだ。
「福分け猿」……きれいだと思ったら前年・2019年の奉納だから真新しかった。右には「夢叶うさぎ」の像があったが、近くのソファーでくつろいでいる方がおられたので断念した。
大永6年(1526年)に同社の御神体が出現したとされる藪清水の池に、賢い猿と、仲良しの可愛いうさぎが住んでいた。猿は水を汲みに来た村の人々に木の実や果物を分け与えてくれるので神の化身ではないかと言われ、うさぎは余りにも可愛らしかったので人々はうさぎを見るたびに素晴らしい笑顔にさせてもらったと。
威風堂々とした「戸越八幡神社社殿」……安政2年(1855年)に再建されたようだが、幾度も改築・修繕をしながら原姿をとどめているとのこと。
『当神は人皇百四代後柏原天皇の大永六戌丙年(1526年)8月15日、村内藪清水水源地からご神体が出現し、行永法師が草庵に奉安して、山城国(京都府)石清水男山八幡宮の御分霊を勧請して俱に祀ったのが創立の起源であると伝える……』(同社HPより)
社殿前の狛犬は、延享3年(1746年)に戸越村の村民がお金を出し合って奉納したもので、区内最古のものだと。当時、各村落には庚申講が結成されていて、本村や平塚の庚申講が中心となって狛犬の造立を進めたことが銘文にあると。また、左右の台座に207名の人名が刻まれていて、当時の戸越村を構成していた村民のほとんどの氏名が把握できる貴重なものだそうだ。(品川区指定有形文化財)
奉額……皇太子殿下御成婚記念。平成5年だから発行された記念硬貨は5万円だったのかしら? たぶん24Kだったような記憶があるが、金も値上がりしているから現在は高額になっているだろう。
拝殿には多くの絵馬がかけられていたが、吊るされた姿の異なる照明はそれぞれが奉納された物だろう。
社殿右に「春日社」……御祭神は天兒屋根命(あめのこやねのみこと)=藤原氏の祖神で、国家安泰・産業繁栄の神。
社殿脇から本殿を眺めると、細かな彫刻も施されていた。
社殿左に「稲荷社」……御祭神は豊受姫命(とようけひめのみこと)
春日社とともに昭和41年(1966年)に再建されたとのことだが、今日現在は境内の別の場所に移されている。
茅の輪前から見た参道……参道右に店を出しているのは……
開業宣伝をさせてもらっているのか?「花之屋福太郎」ですと。大正天皇御大典記念碑が隠れてしまった。
たくさん陳列されていたが、値札がないので商売ではなく境内を飾っていたのだろうと思った私。
戸越の地名の起こり……『江戸越へて 清水の上の成就庵 ねがいの糸の とけぬ日はなし』江戸を越える村というのでこの名が生まれ、トゴエと呼んだとのこと。「とごえ村」の方が柔らかくて好きだ。
ということで戸越八幡神社を失礼し、西の鳥居から行慶寺へ向かった。
【附けたり】2020年5月24日の写真
「一本杉元八幡神社」(品川区平塚3-4-21)
今日の「My First JUGEM」は……『三日ぶりに朝の庭……』