サラリーマン退職後に日記を再開しだした2016年10月以前のブラ散歩で見かけたことを思いだし、感を頼りにフラット探してみた2020年5月28日のこと……
突き当りに雰囲気があった。なぜしっかりしたガードレールが設置されているかと言えば、先は崖になっている。車が突っ込んだら落ちる。
すぐそばに狭い石段があって……
ちょいと下がるとこんな感じで、確かに見覚えがあった。
そこそこ下りると池に架かる赤い橋。その先に祠がある姿はいかにも弁天池だ。池の長さ約20m。
下りてきた方を振り返る……左にも橋があって、奥にも祠が見える。
鬱蒼とした杉の森で、昼でも天日を見ることができなかったこの地に、岸田家先祖が江戸時代初期に祀ったという。白蛇の姿もあったと。霊気がものすごく強かったとも伝えられる。パワースポットかいな?
「清水窪弁財天」(大田区北千束1-26)……五色の旗らしきには「天(あま)八大龍王神」と書かれている。神格が昇って改称されたようだ。
左に「東京の名湧水57選」の札がある。『ここから湧き出る水は洗足池の源流となり、かつて千束の谷が田畑であった頃、用水として水田を灌漑していた。』とのこと。東京の名湧水に挙げられる目黒不動尊、田園調布せせらぎ公園、旧六郷用水跡、岡本静嘉堂緑地など近場はみんな行った。
「清水窪」は昔々のこの一帯の呼び名だが、400年前の村民が訪れたと思うと感慨深い。
ちなみに『旧大森区史によるとこの地は大古大森海岸の入り江の奥に当たり、更に低地にあたる洗足池や小池などは当寺の海の名残であると記されている。』海だったんかいな~と驚いた私っだった。
写真左から小滝のように水が流れ落ちていたが、ポンプで循環させているはず。写真を撮ったら止まってしまったが、運が良かった。ひょとするとお賽銭を入れると流れる、なんてことはないだろうが……
弁財天と向かい合うように鳥居があった。しっかり燈籠もある。
鳥居をくぐって振り返るとこんな感じで、先に弁財天が鎮座している。こちらからお邪魔するのが正しかったのだ。
鳥居をくぐってすぐ左へ……
「天大国主之命」……
天大国主之命から右方向の境内西側の参道には複数の祠や石碑が並んでいた。
奥の弁天池脇まで続く……
「馬頭観世音」……「膝が痛かったから合掌してきた。」と当時の日記にあった。日記帳には整形外科に通った記録は見当たらないがどうしたことだったか。
まだまだ……
「天五色大天空神(あめごしきだいてんくうしん)」……古来、天狗神ともいわれ、その名の如く天空を自由に飛翔し、人心を救済して諸願を成就するとされていた。
三社が並ぶ……手前から「三徳大明神」「三社大口真大神」「天国蔵五柱五成大神(あめこくぞうごしゃいなりおおかみ)」
「三徳」とは天徳・地徳・人徳・であり、これを人の精神に表すと智・仁・勇となるようだ。儒教の四徳は仁義礼智で、五常は仁義礼智信だった。
「三社」は、奥秩父に祀られる三社、三峯大神・宝登(ほと)大神・御嶽大神の総称らしい。
中野区本町に、五色の幟をはためかせた「五柱五成神社」というのがあるようだが、最高権威を持つ稲荷神らしい。
もう一つの赤い橋を渡って……
南側を見ると、ポツンと目に入った。
清水窪延命水子地蔵尊……きちんと御供養なさっておいでだった。合掌……
左の木々の中にそれぞれの祠があり、傾斜地になっている。池から湧き出た水はどちらを通って洗足池まで運ばれたのか?
下ってから上っていく正に窪地にあるから、清水窪と呼んだのだろう。
この傾斜では東方向へは流れないだろうから、湧水は右方向に向かったことと推察した。「いつか 暗渠跡が確認できるか見てこよう」などと考えたようだが、未だ実行されていない。もう無理かもしれないな。
今日の「My First JUGEM」は……『赤い花 白い花……』
環七から